東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10864号 判決 1987年2月25日
原告
藤原惣一郎
右訴訟代理人弁護士
中山慈夫
被告
株式会社日本ビー・ジー・エム・システム
右代表者代表取締役
木下昌也
右訴訟代理人弁護士
笠井正己
主文
一 被告会社は、原告に対し、二〇九万一五〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告会社の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告会社は、原告に対し、二二四万二六五〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告会社の負担とする。
3 1につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和三七年二月一日被告会社と雇用契約を締結し、従業員として勤務していたところ、被告会社の要請により、昭和五四年四月一日被告会社の取締役に就任し、以後従業員兼取締役として勤務してきたが、昭和五九年五月三〇日被告会社から解雇された。
2 被告会社の退職金支給規定には、二〇年以上勤務した従業員の退職金の額は本給月額に勤務年数及び一・一を各乗じた額とする旨の定めがある。
原告が退職時に被告会社から支給されていた金員のうち、従業員給与分の本給月額は三〇万二三〇〇円であるが、原告は、取締役就任の際、昭和五四年三月三一日までの分の退職金は受領したので、原告の退職時の退職金額は、右従業員分本給月額に残余期間五年及び係数一・一を乗じた一六六万二六五〇円となる。
3 原告の解雇の日の直前の賃金締切日は昭和五九年四月三〇日であり、それ以前三か月間に原告に支払われた従業員給与分の総額(同年二月ないし四月分各月五八万円)は一七四万円であるから、原告に対する解雇予告手当は、一七四万円を九〇日で除し、三〇日を乗じた五八万円となる。
よって、原告は、被告会社に対し、右退職金及び解雇予告手当合計二二四万二六五〇円並びにこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五九年一〇月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告が昭和三七年二月一日被告会社と雇用契約を締結し、以後昭和五四年三月三一日まで従業員として勤務してきたこと、同年四月一日付で取締役に就任したことは認め、その余は争う。
右取締役就任に際し、原告と被告会社は、同年三月三一日をもって原告は被告会社を退職する旨合意したものであって、同年四月一日以降、原告は従業員たる地位を有しない。
2 同2のうち、被告会社退職金支給規定に原告主張のような定めがあること、原告が、取締役就任の際、昭和五四年三月三一日までの分の退職金を受領したことは認め、その余は争う。
前記のとおり、原告は昭和五四年四月一日以降従業員たる地位を有しておらず、同日以降被告会社から原告に支払われた金員は、全額が取締役報酬であって、原告に右退職金規定の適用はない。
また、仮に、同日以降も原告が従業員たる地位を有しており、被告会社から原告に支払われた金員中に従業員給与分が含まれていたとしても、原告には、取締役就任の際に退職金が支給されているのであるから、再度右退職金規定が適用され、退職金請求権が生ずるものではない。
3 同3は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 原告本人尋問(第一回)及び被告会社代表者本人尋問の各結果によれば、被告会社はバックグラウンドミュージックの製作供給等を業とする株式会社であることが認められ、原告が昭和三七年二月一日被告会社と雇用契約を締結し、以後昭和五四年三月三一日まで従業員として勤務してきたこと、同年四月一日付で取締役に就任したことはいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、原告の右取締役就任後の従業員としての地位について検討を加える。
1 原告が、取締役就任の際、昭和五四年三月三一日までの分の退職金の支払を受けたことは当事者間に争いがない。そして、(証拠略)によれば、被告会社の退職金支給規程には、退職時の退職金支給について定められているのみで、在職中に退職金が中途支給される場合の定めはないことが認められ、また、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告に退職金が支給された際、被告会社と原告の間で右支給の趣旨について特段の合意はなかったことが認められる(右認定に反する被告会社代表者本人尋問の結果は措信し難い。)。
また、原告本人尋問(第一回)及び被告会社代表者本人尋問の各結果並びに(証拠略)によれば、原告は、取締役就任によって、一旦雇用保険の被保険者たる地位を喪失していることが認められる。
以上の事実によれば、原告は、取締役就任に臨み、昭和五四年三月三一日をもって被告会社を退職したものといわざるをえない。
2 他方、原告本人尋問(第一回)の結果及び(証拠略)によれば、原告は、昭和五一年六月から、ネットワーク営業部長として、バックグラウンドミュージック供給の代理店に関する営業月報の作成及び売上げの報告や、部内の収支管理等の業務を担当していたが、取締役就任によっても、右の地位及び業務内容には全く変更がなく、ただ、取締役として取締役会及び経営会議に出席する仕事が加わったのみであること、その後、原告は、管理企画本部長兼総務部長、営業本部SP本部長等を歴任したが、その業務内容は、経営資料の作成、デザインの製作、あるいは販売促進等、殊更取締役としての業務たる色彩の強いものではなかったことが認められる。
また、(証拠略)並びに原告本人尋問(第一、第二回)及び被告会社代表者本人尋問の各結果によれば、被告会社は、原告に支給する金員につき、取締役就任後も引続き全額を給与として給与明細書及び給与所得源泉徴収票を発行しており、また、役員報酬算定基準においても、原告の取締役就任当初は各取締役に支払われる金員の総額を定めるのみであったが、昭和五七年度以降は役員報酬分と従業員給与分とを分別して定め、原告に支払われる金員は、昭和五九年度は全額が従業員給与分とされ、昭和五八年度は役員報酬分が八万九〇〇〇円、従業員給与分が五八万円とされていたことが認められる。
更に、雇用保険に関しても、(証拠略)並びに原告本人尋問(第一回)の結果によれば、昭和五五年五月ころ、当時の被告会社の総務部長が飯田橋公共職業安定所に相談に行って従業員兼取締役にも被保険者資格がある旨聞いて来たため、被告会社は、昭和五八年一月二六日、「原告は権限、収入及び服務状態から見て従業員として被保険者資格を有する者であることを証する。」旨の念書を同職業安定所長に提出し、原告は再び雇用保険の被保険者となるに至ったこと、原告の取締役退任後、被告会社は「原告は従業員兼役員であるところ、役員任期満了に伴い、会社都合により離職した。」旨を記載した離職証明書を発行していることが認められる。
以上の各事実を総合すれば、原告は取締役就任後も従業員たる地位を有していたものといわざるを得ず、これを前記1と整合的に解釈すれば、原告は、取締役就任時、一旦退職するとともに新たに従業員たる地位を取得したものと認めるのが相当である。
なお、(証拠略)並びに原告本人尋問(第一回)及び被告会社代表者本人尋問の各結果によれば、前記昭和五七年度以降の役員報酬算定基準の作成及び原告の雇用保険被保険者資格の再取得の手続きは、原告が主導してなされたものであることが認められるが、(証拠略)並びに原告本人尋問(第一回)及び被告会社代表者本人尋問の各結果によれば、右手続きは、いずれも、被告会社取締役会の了承の下に、被告会社の行為としてなされたものであることが認められるから、右役員報酬算定基準の内容及び原告の雇用保険被保険者資格の再取得の事実を資料として原告が取締役就任後も従業員たる地位を有することを認定することを妨げるものではない。
三 次に、解雇の意思表示について判断する。
原告本人尋問(第一回)及び被告代表者本人尋問の各結果によれば、原告は、昭和五九年五月の被告会社の株主総会において取締役に再任されなかったため、同月三〇日をもって取締役を退任し、その際、原告の従業員たる地位については格別触れられることはなかったが、原告は、右退任後、一、二週間私物整理や事務引き継ぎ等した後、被告会社に出社しなくなり、被告会社もこれを黙認していたことが認められ、右事実と、前記二2に認定した原告の取締役就任後の業務内容及び離職証明書の記載を併せ考えれば、被告会社は、原告を昭和五九年五月三〇日取締役退任と同時に解雇したものと認めるのが相当である。
四 そこで、原告の退職金請求権について判断する。
1 (証拠略)によれば、被告会社の退職金支給規程には、「<1>勤続一年以上の従業員が退職した時(ただし、懲戒解雇の場合は除く。)は、会社都合、自己都合を問わず退職金を支給する。<2>右退職金の金額は、退職時の本給月額に、勤続年数二〇年未満の場合はその年数を乗じた額、二〇年以上の場合はその年数及び一・一を各乗じた額とする。<3>右退職金は、退職の日から一週間以内に支給する。」旨の定めがあることが認められる。
2 右退職金支給規定によれば、原告が、前記三記載の解雇により、被告会社に対し退職金請求権を有するに至ったことは明らかである。
なお、被告会社は、仮に原告に従業員たる地位が認められるとしても、原告は取締役就任の際退職金を既に受領しているのであるから、再度右退職金支給規定が適用されるものではない旨主張するが、前記のとおり、原告は取締役就任時に新たに従業員たる地位を取得したものであり、右解雇につき、右退職金支給規定の適用が排除される理由はない。
3 そして、その退職金額は、次のとおり算定される。
(証拠略)によれば、原告の退職時に適用されていた昭和五八年度の役員報酬算定基準には、前記原告の従業員給与分月額五八万円の内訳は直接には定められていないが、右金額は、債務者の非取締役従業員のうち最高額の給与を支給される者の所定内給与月額に、同人の賞与年額を一二で除した額を加え、右合計額の一〇〇〇円未満を四捨五入して算出されたものであり、右所定内給与月額のうち本給月額は三〇万二三〇〇円であることが明記されていることが認められるから、右三〇万二三〇〇円が原告の退職時の本給月額に相当するものと考えることができる。
そして、前記のとおり、原告は昭和五四年四月一日、取締役就任とともに新たに従業員たる地位を取得したものであるから、その勤続年数は五年であり、以上に前記退職金支給規定を適用すれば、原告の退職金額は三〇万二三〇〇円に五を乗じた一五一万一五〇〇円と認めることができる。
なお、原告は、原告の従業員たる地位が取締役就任前後を通じて継続していることを前提として、右一五一万一五〇〇円に更に二〇年以上勤続の場合の係数一・一が乗じられるべきである旨主張するが、前記二記載のとおり原告は昭和五四年三月三一日をもって一旦退職しているものと認められ、右主張は前提を欠くものといわざるを得ない。
4 右退職金支給規定によれば、右退職金の履行期は、解雇時の昭和五九年五月三〇日から一週間後の同年六月六日に到来したものと認められる。
五 次に、解雇予告手当請求権についてであるが、前記三記載の解雇は即時解雇であるから、原告は、昭和五九年五月三〇日より解雇予告手当を請求し得る地位にあるものと認められるところ、(証拠略)並びに原告本人尋問(第二回)の結果によれば、原告の解雇の日の直前の賃金締切日は昭和五九年四月三〇日であること、右賃金締め切り日以前三か月間に原告に支払われた賃金の総額は一七四万円であることが認められるから、原告の請求し得る解雇予告手当の金額は、右賃金総額を右期間の総日数九〇日で除し、三〇日を乗じた、五八万円であることが認められる。
六 よって、本訴請求は、退職金一五一万一五〇〇円及び解雇予告手当五八万円の合計二〇九万一五〇〇円並びにこれに対する右各金員の請求権の履行期の後である昭和五九年一〇月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川添利賢)